MG chronological table
 80年に渡るMGの歴史。
 その間には数々の愛すべき名車が生まれてきました。セシル・キンバーの時代から最新のMGであるMGFまで、その魅力は不動のものです。(^-^)
 ここに、黎明期から現在までのMGの歴史を簡単な年表にまとめてみました。
 輝かしい時代、苦悩の時代、そして現在。MGの歴史のほんの一部ですが、お楽しみください。(^o^)/

 なお、この年表をまとめるにあたり、『えむじい亭』の席亭であるCorkey.O師匠の多大なる御協力を頂きました。この場をお借りして、お礼申し上げます。
 『師匠、ありがとね〜』(^-^)/ (^^;)それだけかい!?

 挿し絵として、GLITTERさんのページでもお馴染みの、MGBMk1乗り岩ぞうさんより、沢山のMGを描いていただきました。画像をクリックすると、大きな画像で見ることができます。こちらもお楽しみください。(^^)/

---参考資料---
「ワールドカーガイド18」MG ネコ・パブリッシング
「MGF&MG History」 いのうえ・こーいち 著 経林書房
世界の自動車18『MG』 小林 彰太郎 著 二玄社
MG<スポーツカーの人気者> ジョセフ・H・ウェリィ 著
折口 透 訳
サンケイ新聞社出版局
Corkey.O師匠の書き込みの数々 えむじい亭@NIFTY SERVE
---Special thanks to 岩ぞう(~m~)さん---

MGにまつわる出来事

1910年

 

 

ウィリアム・モーリス(ロード・ナッフィールド)、『モーリス・ガレージ』創設。

1911年

 

 

 

1912年

 

 

 

1913年

 

 

モーリス最初の4輪車『オックスフォード』誕生。

1914年

 

 

 

1915年

 

 

 

1916年

 

 

 

1917年

 

 

 

1918年

 

 

 

1919年

 

 

『W・R・M・モータース』から『モーリス・モータース』に社名変更。

 

 

モーリス車の生産が『モーリス・モータース社』に移る。これにより『モーリスガレージ』は、モーリス車の主要ディーラーとなる。

1920年

 

 

 

1921年

 

 

 

1922年

 

 

セシル・キンバーが『モーリス・ガレージ』のゼネラルマネージャーとなる。

1923年

 

 

 

1924年

 

 

最初のMGである『14/28MG』が誕生する

1925年

3月

 

Old No1セシル・キンバーがワンオフモデルである『オールド・ナンバー・ワン』を作る。

 

 

『ロンドン〜ランズエンド間トライアル』において、セシル・キンバーが『オールド・ナンバー・ワン』で金メダルを獲得する。

1926年

 

 

『モーリス・モータース』が株式公開

 

 

SUキャブの『スキンナーズ・ユニオン社』をモーリスモータース社が買収

1927年

 

 

オクタゴン・エンブレムが使用開始される。

 

 

『モーリス』が『ウーズレー』を吸収する。

 

 

『14/28MG』生産終了。生産台数=約400台。

1928年

 

 

『14/40MK4』誕生。

 

 

初の6気筒車であり、初のSOHCエンジン車である『18/80MG Mk1』誕生。

1929年

4月

 

最初のミジェットである『8/33Mタイプ・ミジェット』誕生。

9月

 

『モーリス・ガレージ』から『MGカー・カンパニー』が独立し、工場もカウリーからアビンドンに移転する。

 

 

『14/28Mk4』生産終了。生産台数=約700台。

1930年

5月

 

ブルックランズの『ダブル・トゥエルブ・アワー・レース=12時間レースを2回』に『18/100MG Mk3 ティグレス』でセシル・キンバーが出場。

 

レコード・ブレーカー『EX120』計画開始

12月

30日

ジョージ・E・T・アイストンが『EX120』で3種の国際記録を達成

 

 

MGのメカニックによって『オールド・ナンバー・ワン』がジャンク屋から発見され、戦後レストアされる

 

 

『MGカークラブ(MGCC)』が発足する

 

 

『18/80MG Mk2』誕生

 

 

レーシングモデル『18/100MG Mk3 ティグレス』誕生

1931年

3月

 

レーシングモデル『Cタイプ・ミジェット』誕生。

 

アイストンが『EX120』で国際記録を樹立した直後、ベアリングの焼き付きから出火し『EX120』焼失

7月

 

『18/80MG Mk1』販売終了

10月

  『Dタイプ・ミジェット』ロンドン自動車ショーでデビュー

 

アーネスト・エルドリッジの運転により、レコード・ブレーカー『EX127』がフランス・モンレリーで新記録を樹立

11月

 

『Fタイプ・マグナ』誕生。

12月

 

モンレリーにて、アイストンが『EX127』で4つの新記録を樹立

 

 

『18/100MG Mk3 ティグレス』生産終了。生産台数=5台

1932年

4月

 

『Dタイプ・ミジェット』販売終了。生産台数=約250台

7月

  『Mタイプ・ミジェット』販売終了。生産台数=約330台
  『Jタイプ・ミジェット』誕生。

10月

 

『18/80MG Mk2』販売終了。生産台数=約750台(Mk1とMk3の合計)

 

『Kタイプ・マグネット』誕生。

12月

  『Fタイプ・マグナ』生産終了。生産台数=1250台

12月

  モンレリーにて、アイストンが『EX127』で2つの新記録を樹立。『J3ミジェット』でも新記録を樹立。更にデンリーと組み『EX127』で24時間・速度記録を樹立

1933年

1月

 

『Fタイプ・マグナ』は『Lタイプ・マグナ』に進化する。

3月

 

レーシングモデル『K3マグネット』生産開始。

 

『J4ミジェット』誕生

1934年

1月

 

『Pタイプ・ミジェット』誕生。
  『Jタイプ・ミジェット』生産終了。生産台数=5530台

3月

 

『Nタイプ・マグネット』誕生

4月

 

『Kタイプ・マグネット』の後継として『NAタイプ・マグネット』が登場する。

10月

 

『K3マグネット』生産終了。生産台数=33台(試作車を含む)

 

 

レーシングモデル『NEマグネット』『Qタイプ・ミジェット』が作られる

 

 

『Lタイプ・マグナ』生産終了。生産台数=約575台

 

 

アイストンの運転により、『EX135』が12の速度記録を達成

1935年

4月

 

レーシングモデル『Rタイプ・ミジェット』が作られる。6月まで生産され10台が世に出る

7月

 

『PAミジェット』生産終了。

8月

 

『MGカーカンパニー』はロード・ナッフィールドによって『ナッフィールド・オーガニゼーション』に売却される。
  MGの売却に伴い、主任研究員であるH・N・チャールズが辞職する。

9月

  『PBミジェット』誕生

 

『SAサルーン』発表

 

 

ウィリアム・モーリスは男爵の爵位を与えられ、その称号としてロード・ナッフィールドを受ける。

 

 

『NAタイプ・マグネット』は『NBタイプ・マグネット』に進化する。

 

 

『Kタイプ・マグネット』生産終了。生産台数=約400台

1936年

3月

 

『SAサルーン』生産開始。

5月

 

『PBミジェット』生産終了。生産台数=約2500台(PA+PB)

7月

 

TA Midget初のOHVエンジン車『TAミジェット』誕生。

11月

 

『Nタイプ・マグネット』生産終了。生産台数=740台

 

 

 

1937年

4月

 

『VAサルーン』誕生。

1938年

8月

 

『WAサルーン』誕生。

 

 

『モーリス』が『ライレー』を吸収し、『ナッフィールド・グループ』となる。

1939年

5月

 

『TAミジェット』は『TBミジェット』に進化する。

9月

 

『TBミジェット』生産終了。生産台数=3400台(TA+TB)

 

第二次世界大戦開戦により、生産ライン停止。

1940年

 

 

第二次世界大戦により、生産ライン停止。

1941年

 

 

1942年

 

 

1943年

 

 

1944年

 

 

1945年

2月

 

セシル・キンバー、列車事故により没。

 

『TBミジェット』は『TCミジェット』に進化する

1946年

 

 

 

1947年

5月

 

『Yタイプ・サルーン』誕生。

1948年

9月

 

『Yタイプ・サルーン』に、2ドアコンバーチブルの『YT』が追加される。

1949年

 

 

 

1950年

1月

 

『TCミジェット』は『TDミジェット』に進化する。

1951年

8月

20日

アメリカ・ユタ州ボンネヴィルにおいて、『EX135』が6つの速度記録を達成。

12月

 

『Yタイプ・サルーン(YA)』は『YB』に進化する。

1952年

8月

18日

アメリカ・ユタ州ボンネヴィルにおいて、『EX135』が3つの速度記録を達成。

20日

ボンネヴィルにおいて、『EX135』が2つの速度記録を達成。

 

 

『ナッフィールド・オーガニゼーション』が『オースティン・モーター・カンパニー』と合併し、『ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)』を結成。

1953年

8月

 

『YB』『YT』生産終了。

10月

 

TF Midget『TDミジェット』は『TFミジェット』に進化する

 

ZA『マグネットZA』誕生。

1954年

11月

 

『TFミジェット』はエンジンを1466ccとした『TF1500』に進化する。

1955年

5月

 

『TF1500』生産終了。

9月

 

MGA『MGA』登場

1956年

10月

 

『マグネットZA』は『マグネットZB』に進化する。

1957年

8月

27日

ボンネヴィルにおいて、『EX181』がスターリング・モスの運転により5つの速度記録を達成。

 

 

クーペモデルである『MGA fhc』が追加される。

 

 

2トーンモデルを主体とした『ZBバリトーン』が追加される。

1958年

3月

 

『オースティン・ヒーレー・スプライトMk1』の1号車が工場を出る。

6月

 

『MGB』の原型である『EX214』の4分の1モデルが完成され、『ADO23』の開発コードが与えられる。

1959年

4月

 

『MGAツインカム』が追加される。

5月

 

『MGA』は、排気量を1588ccとした『MGA1600』に進化する。

 

 

『マグネットZB』は『マグネットMk3』に進化する。

 

 

ボンネヴィルにおいて、『EX181』がフィル・ヒルの運転により6つの速度記録を達成。

1960年

4月

 

『MGAツインカム』生産終了。

1961年

5月

 

『オースティン・ヒーレー・スプライト』はMk2に進化する。

6月

 

『MGA1600』はMk2に進化する。

 

Midget『オースティン・ヒーレー・スプライトMk2』の兄弟車として、『MGミジェットMk1』が誕生する。

10月

 

『マグネットMk4』誕生

1962年

5月

22日

『MGB』1号車が工場を出る。

8月

 

『MGA』生産終了。

 

開発コード『ADO16』として、『モーリス1100』が誕生する。

9月

20日

『ロンドン・モーターショウ(アールズコート)』で『MGB』が正式に一般公開される。

10月

 

『モーリス1100』などのバッヂ・エンジニアリング車『MG1100』が誕生する。

1963年

11月

 

MGCCの日本支部として『MGCCジャパンセンター』が発足する

 

 

ロード・ナッフィールド没

1964年

1月

 

ジャッキー・クーンにより、『MGBベルリネッタ』が『ブリュッセル・ショウ』で発表される。

3月

 

『MGミジェット』はMk2に、『オースティン・ヒーレー・スプライト』はMk3にそれぞれ進化する。

10月

 

『MGB』のエンジンが5メイン・ベアリング化される。

1965年

10月

 

クーペモデルである『MGBGT』登場。

1966年

10月

 

『MGミジェット』はMk3に、『オースティン・ヒーレー・スプライト』はMk4にそれぞれ進化する。

 

 

BMCがジャガー・ディムラーと合併し、『ブリティッシュ・モーター・ホールディングス(BMH)』となる。

1967年

10月

 

MGC『オースティン・ヒーレー3000』のエンジンを移植した『MGC』が誕生する。

 

 

MG1300mk2『MG1100』はMk2に進化し、あらたに『MG1300』を追加する。

1968年

4月

 

『MG1100』生産終了。

5月

 

BMHとレイランドグループが合併し、『ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーション(BLMC)』となる。

1969年

9月

 

『オースティン・ヒーレー・スプライト』がアメリカ市場から撤退する。

 

 

『MGC』生産終了。

 

 

カタログ上から『MGカー・カンパニー』の名が消える。

1970年

10月

 

『MGミジェット』はMk4に、『オースティン・ヒーレー・スプライト』はMk5にそれぞれ進化する。

1971年

6月

 

『オースティン・ヒーレー・スプライト』は『オースティン・スプライト』となる。

7月

 

『オースティン・スプライト』生産終了。

 

 

『MG1300』生産終了。

1972年

 

 

 

1973年

8月

15日

MGB GT-V8ローヴァV8エンジンを搭載した『MGB GT V8』が誕生する。

 

  『MGオーナーズクラブ(MGOC)』が発足する

1974年

9月

 

MGB『MGB』に5マイルバンパーが装着される。

10月

 

『ミジェット』に5マイルバンパーが装着される。さらに『トライアンフ・スピットファイア』のエンジンが移植され『ミジェット1500』となる

1975年

1月

 

『トライアンフTR7』が発売され、米国市場から『MGB GT』が消える。

5月

26日

BLMCが労働党政府により国営化され『ブリティッシュ・レイランド(BL)』となる。

1976年

 

 

『MGB GT V8』生産終了。

1977年

 

 

 

1978年

7月

1日

『ブリティッシュ・レイランド』は『BLカーズ・リミティッド』となる。

9月

 

MGは『オースティン・モーリス』部門から『ジャギュア−ローヴァ−トライアンフ』部門に担当替えとなる。

1979年

5月

15日

BLが日本の本田技研工業と業務提携。

9月

3日

アビンドン工場50周年を記念した祭りが開催される。

10日

MGアビンドン工場閉鎖が発表される。『暗黒の月曜日』と呼ばれる。

30日

MGカークラブ/MGオーナーズクラブ合同の抗議デモが行われる。

10月

24日

MGアビンドン工場閉鎖。

11月

 

『ミジェット』生産終了。

12月

 

再びMGは『オースティン・モーリス』部門の所属となる。

1980年

10月

22日

『MGB』生産終了。これによりMGの名は消滅する。

 

『第1回MGデイ』が『MG軽井沢ミーティング』の名で開催される

1981年

10月

7日

ホンダとの提携による、『トライアンフ・アクレイム』が登場する。これが最後のトライアンフとなる。

1982年

5月

 

BLの中に『オースティン・ローヴァ・グループ』が誕生する。

5日

Metro『オースティン・メトロ』のスポーティー版として、『MGメトロ1300』が誕生する。これにより、MGの名が復活する。

7月

1日

モーリスの名称が消える。

 

 

『MGメトロ1300』にターボモデル『MGメトロターボ』が追加される。

1983年

3月

 

『オースティン・マエストロ』のスポーティー版として、『MGマエストロ』が誕生する。

1984年

6月

9日

『アクレイム』の生産終了により、トライアンフの名称が消える。

8月

10日

ジャギュア・ディムラーが分割民営化さえれる。

 

 

『オースティン・モンテゴ』のスポーティー版として、『MGモンテゴ』が誕生する。

1985年

 

 

WRC参戦のため『MGメトロ6R4』が発表される

1986年

7月

 

社名が『ROVER GROUP PLC (Public Limited Company)』となり、オースティンの名称が消える。

1987年

 

 

 

1988年

3月

30日

『ローヴァ・グループ』は航空産業を中心とする企業である『BAe』に委譲され、民営化される。

1989年

 

 

 

1990年

 

 

 

1991年

 

 

 

1992年

 

 

 

1993年

3月

31日

RV8『RV8』の1号車が工場を出る。

10月

 

『第30回東京モーターショウ(幕張メッセ)』のプレスデイに『RV8』が登場する。

1994年

1月

13日

初の日本向け『RV8』が輸送船に乗る。

3月

18日

『ローヴァ・グループ』はBMW資本となる。

1995年

3月

7日

MGF15年ぶりの量産スポーツカー『MGF』が発表される。

11月

22日

『RV8』生産終了。

1996年

4月

4日

『えむじい亭』のホームパーティが始まる。(^^ゞ

1997年

7月

17日

『MG & Fighters』開設。(^^;;;

1998年

 

 

 

1999年

 

 

 

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